村上 山羽さんの会社では五郎丸歩選手のマネージメント、プロデュースもされていますね。

山羽 2010年からマネージメントし始めました。しかし、それほど仕事はありませんでした。それが、2015のラグビーワールドカップの後、すごいことになりました。僕は携帯を2つ持っていたのですが、取材のオファーなどで両方が鳴りっぱなしで、びっくりしましたね(笑)。

村上 五郎丸選手も、普及活動には熱心ですね。

山羽 彼自身が子供の教育や、スポーツの普及に対する思いが強いので一緒にできる部分が多いです。トップ選手は引退後のセカンドキャリアが難しい。五郎丸みたいな選手が、セカンドキャリアをうまくできないと若い選手がプロになりたいという夢もなくなってしまいます。現役を終えたあとに、どう次のキャリアを形成していくか。彼がロールモデルとなれるようにサポートしたいと思っています。それは僕がマネージメントをする意味だとも思いますので。

村上 山羽さんは、彼にどうなってほしいと思っているのですか。

山羽 誤解を恐れずに言えば、タレント業のようなことは、あまりやってほしくないです。ラグビーセンスという面で見ると、松島幸太朗選手のほうが断然あると思います。五郎丸は、センスというより、考えて努力してあそこまで行った選手です。そういう経験を次世代の子供たちに伝えてほしい。発信力があるので、広く多くに発信できるような立場で、そういう仕事をやってほしいですね。僕がスポーツ教育の話をしたところで聞く人はほとんどいない(笑)。でも、五郎丸なら、まずは聞いてみようと思う。それは彼にしかできないことだし、彼だからできること、彼がやらなければいけないことを見つけて、その経験を社会に還元してもらいたいと思います。

村上 山羽さんご自身の目標を聞かせて下さい。

山羽 僕は、スポーツをしていると社会に出て活躍できる。スポーツはその礎を作ってくれる。そういう認識が当たり前にしていきたいですね。昔から、スポーツは人格形成に寄与すると言われてきましたが、もっと顕在化させたい。子供の頃は何かしらスポーツをするのが当たり前の環境を作る。それを生涯の仕事にしたいと思っています。

村上 来年のラグビーワールドカップ日本大会には、どんな期待感がありますか。

山羽 娘がいるのですが、来年は海外から多くのラグビーファンが来ますし、異国語がとびかうなかで、娘が海外の子供たちと交流する機会があるといいなと思います。それが英語に興味を持つきっかけになるかもしれない。そういう機会をさがして、娘を連れてうろうろしたいなと思っています。

村上 ラグビーをやって、良かったことは何ですか。

山羽 いろんなスポーツにそれぞれの良さがあると思いますが、ラグビーは、グラウンドに出れば選手だけで考えるスポーツです。僕が所属したラグビー部はすべて主体性を重んじるチームでした。グラウンドに出たら、監督がサインを出すわけではく、すべて自分たちで考えなくてはいけない。そこがラグビーらしさ。やっていてほんとうに楽しかった。また、ラグビーをプレーしていて感じたのは、15人という人数の多さもあるのですけど、仮に自分がミスしても、後ろの誰かがいてくれるという安心感があるということです。

村上 とりあえず、俺はボールを持って前に行く。次は仲間がなんとかしてくれるだろうっていう感じですね。

山羽 そうそう(笑)。小さなミスは大したことではないという気持ちでプレーできます。

村上 ラグビーをしたことで性格に変化はありましたか。

山羽 変わったと思います。僕は中学まで自分を表に出さないタイプの子供でした。でも、ラグビーの試合は自分がどういう人間かを表現する場だというつもりでやっていました。野球は技術的な要素が強いので、自分の思いをそのままプレーにぶつけられない。でも、ラグビーはそれができる。相手に思い切りぶちあたり、思い切りタックルができる。自分をさらけ出せるスポーツです。

村上 バットを思い切り振るだけでは、ボールにあたらないですもんね。

山羽 そうそう(笑)。自分を表現するのに、ラグビーは最高のスポーツだと思います。

*次回は、11月16日金曜日に(その5)を更新します。

《山羽教文様 プロフィール》
少年期における結果偏重・スキル偏重のスポーツ経験がアスリートのセカンドキャリア問題の一因であるという持論から、日本オリンピック委員会やJリーグ等のジュニア世代育成を目的に、選手のみならず、保護者や指導者に対して、スポーツを通じたライフスキル教育を展開。近年では、健康教育に基づくコーチングを専門領域にスポーツ、健康、教育をテーマに企業や自治体等に対して、人材育成を軸にした環境づくりを支援している。

1971年 ■ 兵庫県明石市生まれ
1990年 ■ 桐蔭学園高等学校卒業
1991年 ■ 早稲田大学教育学部入学(※在学中はラグビー部に所属し、4年次には主将を務める)
1995年 ■ 早稲田大学教育学部卒業
■ 三井物産株式会社入社
2000年 ■ 三井物産株式会社を退社
2003年 ■ オハイオ大学スポーツ経営学修士修了
■ 株式会社FIELD OF DREAMS を設立
2008年 ■ JOCキャリアアカデミープロジェクト委員就任
2009年 ■ 特定非営利活動法人FIELD OF DREAMSを設立
2014年 ■ 公益財団法人日本健康スポーツ連盟理事就任
2017年 ■ 一般財団法人 健康医療産業推進機構 理事就任