村上 社会人でラグビーを続けることは考えなかったのですか。

山羽 最初は続けるつもりでした。社会人チームから声をかけていただいて、2つに絞っていたのですが、ある興味がわいてきたんです。僕はラグビーに集中した4年間を送りましたが、学問に集中した4年間を送った学生もいますよね。それが会社で競争するわけです。ラグビーに集中していた僕はどんな評価を受けるのかということです。それで一般企業(商社)と、半官半民の会社を受けました。ひとつは合格しましたが、商社は不合格でした。それが悔しくて、ライバルの商社を受験して見返してやろうと思ったのです。合格することができたのですが、悔しさの勢いでラグビーから離れてしまったので、やっぱりラグビーをやりたいと思うこともありました。

村上 商社は6年で辞め、アメリカに渡っていますね。

山羽 大企業はローテーションで部署を変わって行きます。僕なりに仕事を作り、僕だからできたと誇りを持って取り組んでいた仕事を次の日には他の人がやっている。それでも仕事はまわっていくのです。当たり前のことなのですが、それが僕には面白くなかった。自分にしかできないこと、自分がやらなきゃいけないことは何かを考えたとき、野球とラグビーで経験してきたことを子供たちに伝えたいと考えるようになりました。それでアメリカでスポーツマネージメント、その中でも子供のスポーツについて2年間学びました。

村上 帰国し、2003年に会社を興されたそうですが、どんなご苦労がありましたか。

山羽 やりたいことがあって会社を興したのですが、いざやってみると社長業が忙しく、スポーツ教育の現場に費やす労力よりも、会社を運営していくために費やす労力が多い。だから、思い通りにできているかと言われればできていないですね。

村上 やりたいことを具体的に説明していただけますか。

山羽 WHO(世界保健機関)が定義している「ライフスキル」という言葉をごぞんじですか? 子供たちが将来自分らしく生きるためのスキルのことです。そのライフスキルを育成できるようなスポーツシーンを作りたいと思っているのです。たとえば、「自己認識」。自分は何ができて、何が得意で、何がやりたいのかということを認識する。また、問題に直面した時に、その問題の原因が何で、それを克服するためには何をすればいいかという問題解決の思考、対人関係スキルなど10個のスキルがあります。そんなスキルをスポーツで育成できるのではないか。それができる環境を日本全国に作る。夢をはぐぐむためのフィールドを、スポーツシーンを実現する。子供たちの生きる力を、スポーツを通して育てたいのです。それが私の会社のミッションです。

*次回は、11月2日 金曜日に(その3)を更新します。

《山羽教文様 プロフィール》

少年期における結果偏重・スキル偏重のスポーツ経験がアスリートのセカンドキャリア問題の一因であるという持論から、日本オリンピック委員会やJリーグ等のジュニア世代育成を目的に、選手のみならず、保護者や指導者に対して、スポーツを通じたライフスキル教育を展開。近年では、健康教育に基づくコーチングを専門領域にスポーツ、健康、教育をテーマに企業や自治体等に対して、人材育成を軸にした環境づくりを支援している。

1971年 ■ 兵庫県明石市生まれ
1990年 ■ 桐蔭学園高等学校卒業
1991年 ■ 早稲田大学教育学部入学(※在学中はラグビー部に所属し、4年次には主将を務める)
1995年 ■ 早稲田大学教育学部卒業
■ 三井物産株式会社入社
2000年 ■ 三井物産株式会社を退社
2003年 ■ オハイオ大学スポーツ経営学修士修了
■ 株式会社FIELD OF DREAMS を設立
2008年 ■ JOCキャリアアカデミープロジェクト委員就任
2009年 ■ 特定非営利活動法人FIELD OF DREAMSを設立
2014年 ■ 公益財団法人日本健康スポーツ連盟理事就任
2017年 ■ 一般財団法人 健康医療産業推進機構 理事就任