村上 このコーナーでは、ラグビーを経験したことによって、その後の人生を豊かにした方々にお話を聞いています。今回のゲストは、山羽教文さんです。山羽さんは、早稲田大学のラグビー部時代にキャプテンを務め、現在は、株式会社フィールド・オブ・ドリームスの代表取締役として多忙な日々をお過ごしです。まずはラグビーとの出会いから聞かせてください。

山羽 生まれ育ったのは兵庫県の明石です。ずっと甲子園に行きたくて、単身で横浜へ行き、甲子園の常連校だった桐蔭学園に入学しました。同校の野球部は、原則推薦以外は入部できず、一週間ほど練習を見学させてもらったのですが、全国から集まった優秀な選手を前に、レベルの差を見せつけられ、挫折感を味わったのを覚えています。野球をやりたくて明石から来たのに、どうすればいいのか分からなくなりました。学校を辞めて高校浪人をしようかと悩み、実家に帰ろうかと思って母にも電話で相談しました。僕は「帰っておいで」と言ってほしかったのですが、言ってくれないのです(笑)。そんなときに、ラグビー部の部長さんに声をかけてもらいました。「何もしないでいるなら、ラグビーをやったらどうだ」と。だからラグビー部に入部したのは、ゴールデンウィーク前あたりです。

村上 ラグビーというスポーツのことは知っていたのですか。

山羽 父はラグビー部ではなかったのですが、同志社大学の卒業生でした。ですから、平尾誠二さんを中心に同志社が全国大学選手権で三連覇したころのお正月のラグビーは、テレビで見ていました。見るのは面白いと思っていたのですが、こんなきついスポーツは自分にはできないと感じていましたね。

村上 当時の桐蔭学園ラグビー部は強かったのですか。

山羽 まだ花園には出たことがなくて、相模台工業高校が全盛期でした。桐蔭学園は県でベスト8、ベスト4といったところですね。

村上 ラグビーは最初から楽しくできましたか。

山羽 ラグビーは球技と格闘技の両方の要素がありますよね。それが新鮮でした。球技の中で、思い切り相手にぶつかって、倒しても良いというルール。そこにハマりましたね。ただし、そのことは新鮮には感じましたが、どちらかというとボールを持って走ったりする球技性のほうが好きでした。

村上 3年間のラグビーの成績はどうでしたか。

山羽 当時の桐蔭学園は進学校ということもあって、3年生は春シーズンで引退し、秋の全国大会予選は、1、2年生で臨みました。僕が3年生のときに初めて3年生全員が最後まで残り、ベスト8で終わりました。

村上 受験勉強はどうしていたのですか。

山羽 ラグビーを終えてからです。予選に負けた11月から集中してやったつもりですが、現役では間に合わなくて、一年浪人することになりました。早稲田大学でラグビーを続けたかったので、一般で受験して合格しました。

村上 コーチの指導で何か感じたことはありますか。

山羽 僕が野球をしていた頃は、監督、コーチからの指示に従って忠実にプレーする形だったのですが、桐蔭学園高校、早稲田大学のラグビー部は、学生中心で練習メニューを考えていました。それでやってみて、負けて、また練習を考える。主体的にできたので楽しかったですね。

村上 一浪し、一般で受験して入部したラグビー部で、大学日本一を争うレベルを経験できる。これは魅力がありますね。

山羽 たしかに魅力がありました。あの頃の早稲田は、新入部員の半分は一浪で、高校時代に有名な選手もいなくて、都立高校などから来た選手たちが多かった。学生が自ら考え、欲して練習してゲームに臨んでいた気がします。おそらく、あまり強くない高校の選手は、コーチのきめ細かい指導を受けていないので、自分たちで考えて練習する習慣が身についていた。大学でも同じようにやっていけたことが伸びる一番の要因だったと思います。

*次回は、10月26日金曜日に(その2)を 更新します。

《山羽教文様 プロフィール》
少年期における結果偏重・スキル偏重のスポーツ経験がアスリートのセカンドキャリア問題の一因であるという持論から、日本オリンピック委員会やJリーグ等のジュニア世代育成を目的に、選手のみならず、保護者や指導者に対して、スポーツを通じたライフスキル教育を展開。近年では、健康教育に基づくコーチングを専門領域にスポーツ、健康、教育をテーマに企業や自治体等に対して、人材育成を軸にした環境づくりを支援している。

1971年 ■ 兵庫県明石市生まれ
1990年 ■ 桐蔭学園高等学校卒業
1991年 ■ 早稲田大学教育学部入学(※在学中はラグビー部に所属し、4年次には主将を務め   る)
1995年 ■ 早稲田大学教育学部卒業
■ 三井物産株式会社入社
2000年 ■ 三井物産株式会社を退社
2003年 ■ オハイオ大学スポーツ経営学修士修了
■ 株式会社FIELD OF DREAMS を設立
2008年 ■ JOCキャリアアカデミープロジェクト委員就任
2009年 ■ 特定非営利活動法人FIELD OF DREAMSを設立
2014年 ■ 公益財団法人日本健康スポーツ連盟理事就任
2017年 ■ 一般財団法人 健康医療産業推進機構 理事就任

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