村上 2019年に日本で開催されるラグビーワールドカップについてもサポートされているようですね。特に釜石開催について。

笹田 2011年の東日本大震災で、釜石でも知人が亡くなりました。あれは、震災直後の3月25日だったと記憶しています。夜行のバスが池袋から出発すると知り、釜石に行きました。そうしたら大変なことになっている。新日鉄釜石が使っていた松倉のラグビー場はヘリコプターの発着所になっていました。釜石シーウェイブス(SW)のクラブハウスに行ってみると、高橋善幸(釜石SW・GM。明治大学卒)が、ドラム缶のたき火の横で立ち尽くしていた。途方に暮れていたのです。ラグビーどころではなかったけれど、いつかどこかでスタートしないといけないだろうという話をしました。丁度、2カ月後の5月15日、毎年恒例のIBC(岩手放送)杯で、釜石SWは関東学院大学と試合をすることになっていました。それを目標にしたらどうだ?と話しました。

村上 実現に向けて動かれたわけですね。

笹田 IBCに電話すると、「まだやれるかどうか分かりません」という。関東学院の春口廣監督は、宿澤広朗さん(故人)が日本代表監督時代にコーチとして一緒に関わったので、よく知った仲です。だから、春さん、どうする?と言うと、「うちはやるつもりだけど、まだ声がかからない」と。だったら、やろうよって話したら招待大会だけど今回は自費で行くと言ってくれたんです。せっかく実現できるのだから、日本代表のOBに声をかけてイベントもやりました。林敏之君も来てくれて、関西で集めた瓶に入った募金を持ってきてくれました。それが復興の第一戦となりました。本城和彦(早稲田大学→サントリー)は、親交のある吉永小百合さんからメッセージをもらってきてくれました。吉永さんは「がんばろう、釜石」というTシャツも2,000枚作ってくれた。その流れで、ラグビーワールドカップの開催地に立候補する話が出てきたのです。

村上 笹田さんがきっかけを作られたとも言えますね。

笹田 宝来館のおかみさんのところにも行きました。「笹田さん、なんか元気が出ることやってください」とも言われて、鵜住居の人たちが言うならやるべきだなと思いました。スポーツなんてやっている場合か、という人もいましたが、復興というのは元に戻すということです。これは大人の仕事。未来は子供たちの仕事です。だったら、未来の子供たちのために大人が何かを残すべきではないか。釜石で魅力ある街づくりができたら夢があると思った。そんなことをいろんな場所で説明しました。

村上 実際にラグビーワールドカップが一年後に開催されます。笹田さんにとっても感慨深いものになりますね。

笹田 鵜住居はもとの町がほとんど津波で流されてしまいました。新しいスタジアムが作られる場所は、鵜住居小学校と、釜石東中学校があったところです。この小中学生600人は、日ごろの避難訓練のおかげで全員が助かった。これは「釜石の奇跡」と言われています。片田敏孝さんという防災研究の第一人者が防災教育の必要性を提唱し、釜石では震災の前から防災教育をしていたからです。だから釜石の子供たちはほとんど助かった。たまたま風邪などで家にいた子が亡くなったそうです。子供たちが自分たちの判断で山に上がって行った。駆け上がった道路は残してあります。

村上 釜石でラグビーワールドカップの試合が行われることで、世界に復興をアピールするだけではなく、防災に対する意識を高めるなど大切なメッセージを発信ができますね。

笹田 そうです。釜石で開催することには意義があります。子供たちがどうやって逃げたか、スタジアム内にミュージアムを作って、その教訓を世界の人びとに見てもらったら良いのではないかと思っています。いま、鵜住居小学校、釜石東中学の校舎は高台にあって、スタジアムを見渡せるようになっています。

村上 最後に子供たち、そして保護者の皆さんにメッセージをいただけますか。

笹田 スポーツは人間として非常に大事なものを与えてくれます。机の上で得る知識の勉強とは別の物を得られます。1800年代、イギリスのエリートを育てたパブリックスクールでやった授業は三つしかなかったといいます。語学、キリスト教、スポーツです。リーダーシップ、チームワークを養うのは、座学だけではできないということで、昔から重要なものとして取り入れていた。ラグビーというのは、全身を使うスポーツで、ごまかしがきかない。子供同士でプレーするには大きな危険もありません。ラグビーを通じて、体をぶつけあり、励まし合い、いたわり合い、相手をねぎらったりする心を子供の時に養う。それが重要だと思います。ぜひ、ラグビーを続けてほしいし、保護者の皆さんには、子供たちにやらせていただきたいなと思っています。

《笹田学様略歴》
1953年盛岡市誕生 岩手県立盛岡工業高校ラグビー部 花園50回大会優勝 第一回高校ジャパンとしてカナダ遠征
1976年明治大学ラグビー部主将として大学選手権、日本選手権優勝
1976年横河電機入社 横河ヒューマンクリエイト社長 横河ファウンドリー社長 など歴任
現在は人事コンサルタントとしてオフィス笹田代表
明治大学評議員 明治大学ラグビー部OB俱楽部副会長

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