村上 ラグビー選手としての輝かしい実績がありながら、社会人では仕事を主にすることにしたのはなぜですか。

笹田 高校と大学で日本一になり、日本選手権で社会人も破った。3つのタイトルがとれたことで、完全燃焼した気持ちになっていました。当時は日本代表も海外遠征はしていましたが、ラグビーワールドカップはありませんでした。ラグビーはもういいかな、と思っていたのです。それで、ラグビー部もあるけれど、仕事をメインにできる横河電機を選んだということなんです。当時、横河の人事部長に美川英二さん(のちに社長)という方がいました。慶応大学のラグビー部OBです。その方に、面接で「君はラグビーで入るのか、仕事なのか?」と問われて、仕事を優先します、と即答しました。

村上 仕事に支障をきたさない範囲でラグビーをしたわけですね。

笹田 そうです。それでも、早稲田から植山信幸など良い選手も入っていましたので、社会人大会にも出場しましたね。仕事では人事部に配属されました。

村上 ラグビーを経験したことが仕事に生きたことはありますか。

笹田 意識していたわけではないのですが、チームプレーをずっとやってきたことが、人との接し方には生きていたと思います。会社もチームだし、目標があって、どうやって達成するかというところはラグビーと同じです。ただ、採用などしていく上で、もっともっと勉強しなければいけないと痛感しました。会社のしくみ、流れ、人事の考え方を勉強しました。美川さんという人は、横河だけではなく、日本の会社の人事担当の中でカリスマ的な人でした。

村上 美川さんからはどんなことを学ばれたのですか。

笹田 会社が一番大切にすべきは社員だということです。社員が会社の宝だというポリシーを持っていらっしゃいました。リストラして利益を出すようなことをばかりしている経営者からすれば耳が痛いかもしれませんが、僕はこの人に惹かれて仲良くさせていただきました。

村上 人を大切にするという意味で、横河が取り組んだことを教えていただけますか。

笹田 私は1976年入社ですが、1975年に横河エルダーという会社が設立されました。定年になった社員が働く会社です。美川さんを含め、当時の横河の経営者は高齢化社会の到来を予測し、高齢者を活用する必要があるということで、高齢者会社を作ったんです。この会社に定年はありません。当時の日本でも話題になりました。

村上 そんな会社を作ってくれたら若い社員のモチベーションも高まるでしょうね。

笹田 この会社を選んで良かったと思いますよ。僕もそういう精神で仕事をしていきたいと思ったし、人事部長になってからも、美川さんに教えてもらった精神は貫き通したいと思っていました。

村上 その後、人事担当の常務取締役になられましたが、ご自身では何が良かったと思いますか。

笹田 部長までは仕事の実績や経験で行けるのですが、その先はタイミングと引っ張り上げてくれる人がいるかどうか。実力ではない気がします(笑)。

村上 そんなことはないでしょう(笑)。

笹田 このインタビュー企画に登場した皆さんもそうですが、上がっていく人たちに共通点があるとすれば、「人間力」だと思います。信念があってそれを曲げないとか、あの人にお願いすれば安心だと思えるとか、そのあたりはラグビーにつながっている気がします。痛いし、きついけど、やらなくちゃいけない。相手が走ってきたらタックルしなきゃいけない。逃げだしたら誰にも信用されないからです。口だけの人は信頼されず、黙っていてもタックルする選手のほうが信頼される。それはラグビーで学びました。信頼感、人間的な魅力がある人は、引っ張り上げる人が現れるということでしょう。最後の責任はすべて取る、思い切りやれ、そう言ってくれる上司のことは信頼しますよね。

村上 そういう上司の下で働きたくなりますね。

笹田 人間力というのは、学校の勉強だけでは身に着かない。ラグビーは、そういうことを学べるスポーツだと思います。

*この続き(その4)は、9月7日金曜日に更新します。

《笹田学様略歴》
1953年盛岡市誕生 岩手県立盛岡工業高校ラグビー部 花園50回大会優勝 第一回高校ジャパンとしてカナダ遠征
1976年明治大学ラグビー部主将として大学選手権、日本選手権優勝
1976年横河電機入社 横河ヒューマンクリエイト社長 横河ファウンドリー社長 など歴任
現在は人事コンサルタントとしてオフィス笹田代表
明治大学評議員 明治大学ラグビー部OB俱楽部副会長

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